サラリーマンうつ病体験談:仕事内容、つまづきの始まり

うつ病体験談

うつ病発症のきっかけ

私は、仕事の過労・ストレスでうつ病を経験しました。このブログを通じて、どいう経緯でかかってしまったのか、どう回復してきたのか、ということをサラリーマンのうつ病体験ということで実体験でつづっていきます。

治る、と思っても、中々治らない。薬もたくさん飲んで常に頭の中がもやがかかってるような状態。何度となく再発を繰り返し、仕事に行くことが非常につらい。幼い子供の死別も味わい、人生の底をさまよっていた時期もありました。人生、生きている意味が分からない。経済的にも収入が落ちる。そいういう先の見えない灰色な日々を過ごしていました。仕事も嫌になって会社を辞めて転職しようとしても全くうまく行かない。

一度なってしまうと負のスパイラルに入ってしまい、中々抜け出せないのがうつ病のつらさだと思います。

しかし、今では完全に治りきっています。薬もたくさん飲んできましたが、最終的には人間の持っている治癒力でもって克服することができました。

うつ病も一つの人生経験。治った今ならそう思えます。

私のうつ病としての体験をブログを通じて、苦しんでいる人の回復へのヒントになればと思います。

仕事内容

私は、コンサルティングファームに勤めています。職位はマネージャーです。コンサルティングファームというと名前がかっこよく見えますが、メインの仕事になるのは企業様の基幹システムの導入です。SAPという名前を聞いたことがある人も多いと思いますが、SAPという業務パッケージを企業ごとにカスタマイズ、追加のシステム開発を行って、企業様に導入する、という仕事です。

基幹システムは規模も中身も複雑でその仕事量といったら膨大です。だいたいのお客様において、基幹システム導入前は、色んなシステムが乱立していて業務プロセスも複雑です。それを紐解いて、シンプルな業務プロセス・システムを構築する。そういう仕事です。たとえば発注書のひとつにしたって、部門によってフォーマットが違っていて、その入出力の項目がばらばらだったりします。これを部門間で統一して作り上げると言うことは、調整力、マネジメント力、忍耐力etcが必要です。

規模によりますが、導入には数年かかることがざらです。この間従事するメンバーも多数になり、その管理も大変な仕事です。負荷が高く、体調を崩すメンバーも少なからずいます。

つまづきの始まり 2012年1月~5月

私は、とあるSAP導入プロジェクトの購買領域のリーダーで参画しました。 私のアサイン当時はメンバー構成が弱く、プロパー社員での私の次の年次となるメンバーは2年目。さらにもう一人が新人です。その他は、外部協力会社メンバー数名、クライアントのIT子会社メンバー数名というチーム構成でした。

この時期は要件定義フェーズ。SAPのデモを繰り返し、業務・システム要件を整理していきます。メンバーのスキルが高くないため、進め方を手取り足取り教えてあげないと前に進まない、要件確認のための資料ができない・作っても穴だらけ、打ち合わせではマゴマゴする、といった状況で、かなりのフォローに時間を要する状態でした。常に人が足りないという構造があり、業界としてはあるあるな話でしょうかね。

また、納期も厳しい状況でなんとかフェーズ内に作業を終わらせるように、かなりのプレッシャーがかかる状態でした。フェーズ間際には日付が変わって1時、2時まで残ることも。カフェインが大量に入ったドリンクを飲んで眠気を紛らわして、なんとか乗り切ってきました。

思い起こせば、ここから体調を崩し始めてました。あの時はそれほど気にかけてなかったのですが、目眩がしてフラフラするようなことが何度かありました。きちんと体調回復に努めればいいものの、趣味のマラソンでの練習時間がなくなるので、夜中に10キロ以上の距離を走って帰る、なんていうことが週に1度はありました。当時は体の疲れと精神的な疲れは全くの別だと思ってました。

ちょうど春になって暖かくなる季節でした。気温の変化も大きい時期なので、より自律神経が崩れやすかったのでしょう。この後何度も春先に体調を崩したことから、春というのは私にとっては上手く適用できない季節でもあったことが、その後分かりました。

要件定義フェーズが終わり、設計フェーズとなります。実際にシステムを構築することになるので、設計者が大量にアサインされました。10人程度だったチームが一気に30人規模に膨らみます。チームの土台をなすメンバーの補強が弱い中で、手足となるメンバーだけが増強されるので、それを私ひとりでフォローするためにひたすら働く毎日でした。グローバル志向のあるお客様だったので、設計書は英語で書く必要があります。残念ながらメンバーのみなさんは英語ができません。日本語で上がってくる設計書をリーダーの私が全て英訳しないといけないのです。外協さんが多く、彼らはマインドがそこまで高くありません。日本語で作成した方が効率いいのだから、自分の仕事はそこまで。後の始末はプロパーである自分が引きないといけません。

他にも、女子メンバー同士の抗争があり、負けてしまった(?)女子は涙ながらに、もう仕事ができません、、と。多くのメンバーがいれば、仕事をする上では何かしらの問題が起こり、人生相談も受けます。こういう日々を深夜残業しながらこなしているのですが、とある日突然、不眠症となりました。疲れてしまって寝ようとしても、すぐに眼が覚めてしまう。日曜日の夜から月曜日の朝にかけてのことでした。仕事を離れた休日でもストレスが抜けきれていなく、仕事のことが頭から離れなかったのだと思います。ここから心療内科に通い初め、薬漬けの生活がスタートすることになりました。ただ、このクリニックが大きな外れでした。疲れているのに眠れないというすごく困った状態でしたので近所で予約が不要のところを探したのですが、予約がいらないという意味は行ってみてすぐにわかりました。主治医の診察の前に事前にサブの先生が問診してくれるのですが、主治医となる方は自分の顔を見ることもしなくボソボソと何か言って、薬をただ出すだけでした。とりあえず薬がもらえればこの時はよかったこともあったので、このころは、安定剤・睡眠薬を飲んでしばらく仕事は継続できていました。

続き

サラリーマンうつ病体験談 体調が悪くなっていく日々 2012年6月~8月
サラリーマンうつ病体験談 悪化し続ける体調と服薬しながらの業務継続の日々サラリーマンとしてのうつ病体験の第2弾...

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