サラリーマンうつ病体験談 番外編④プロスポーツ選手のメンタリティーに学ぶ

うつ病体験談番外編

うつ病で社会生活から外れてしまい、仕事をされている方は休職する方も多いと思います。

働いてお金をもらって生活をする。何か手に職をつけて生活するということは、その道のプロでもあると言えると思っています。

プロスポーツ選手。スポーツでの真剣勝負。見る人に感動を与えます。つい最近(執筆2020/3/4)では、3/1に行われた東京マラソンで日本記録が出て、多くの人たち、市民ランナーに感動を与えたことと思います。

ただ、プロスポーツ選手のこうした輝きをもって活躍している場面がある一方、ケガをしたりして結果を出せない苦しい時期もあるものです。ものすごくハイレベルなコンディションに持っていくのは非常に大変なもので、一度ケガをしてしまうと一からやり直しになることが多々あります。(トップレベルとはまったく違いますが、私自身学生時代にテニスをやっていて全日本のランキングを持つようなレベルでしたが、ケガが重なって学生最後はラケットが振れなくなりました。)それにいくらがんばっても結果が出ないような時もあります。そういうときに彼らはどういう行動をとっていたでしょうか。

うつ病、メンタル疾患。簡単に回復するものではないので、エンドの見えない闘病生活はつらいですよね。こうした辛い時にプロスポーツ選手がどうやって乗り越えた来たのか、そういうものを知ると、心のよりどころになるのではないでしょうか。そのよりどころになればと思い、いくつかのエピソードを紹介します。

高橋尚子

日本国民であれば、みんな知ってる国民的スターです。シドニーオリンピックでの金メダルがありますが、その陰では挫折を乗り越えていて本当に強い人だと思うのです。

オリンピックに出場する前も、1999年8月29日のセビリア世界陸上の女子マラソン代表に選ばれていましたが、レース直前に左膝を痛めたため欠場。その後も10月に左腕を骨折したり、翌2月には食あたりによる腹痛を起こして入院するなどアクシデントが続いました。2000年3月12日、五輪最終選考会となった名古屋国際女子マラソンに出場。体調は万全では無かったそうです。前半1時間12分40秒とやや遅いペースで中間点を通過すると、まもなくして22.5km過ぎで先頭集団から自ら抜け出して一気にペースアップ、後半1時間9分39秒で駆け抜け、2時間22分19秒の大会新記録で優勝。これにより、シドニー五輪代表の座を獲得しました。

シドニーでリンピックで金メダルを獲得し、次はアテネオリンピックの選考で大きな挫折がまっていました。

2003年11月16日の東京国際女子マラソンで、翌2004年8月のアテネオリンピック・女子マラソン日本代表選出を目指して出走。この時期の平均気温より約10度高い、季節はずれの気温24〜25度の高温と風速3〜6mの風の舞う中、スタート直後から高橋自らが飛び出しハイペースでレースを展開、中間点を過ぎてからスパート、独走状態となり完全に勝負はついたと思われたが、30km手前からスタミナ切れを起こしたのか急激に失速します。39km地点でエルフェネッシュ・アレム(エチオピア)に抜かれて、日本人トップの座は死守したもののゴールタイムは2時間27分21秒で2位。6年10ヶ月ぶりに敗れ、マラソンの連勝記録も6でストップとなりました。

どれほどの落胆があったのか、想像がつきません。

その後「チームQ」として独立し、2年後の東京女子マラソンでは優勝を果たします。

高橋尚子さんが恩師から言われた言葉

「何も咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く。」


どんなに頑張っても結果がでないときは、見えなくてもいいから基礎をかためて基本を作れ、という意味です。 花を咲かせたければ、土台を作れということでしょう。私の大好きな言葉です。

何ごとにおいても同じです。結果を出したければ、小さなことでもコツコツ努力することが大事です。

それは病気であっても然り。コツコツ続ければ道は開かれると思います。

吉田祐也

2020年2月2日に行われた「2020別府大分毎日マラソン」で、日本人トップ(総合3位)となったのは、青山学院大学4年の吉田祐也選手でした。初マラソンで2時間8分30秒の記録は、学生の歴代2位。現在、中央大学の駅伝監督を務める藤原正和さんが現役時代に記録したタイムに18秒及ばなかったのですが、遅咲きのランナーが大きな花を咲かせました。

知ってる方はご存知の通り、今年の箱根駅伝の4区に出場していたランナーです。個人的には青学はチャラく見えてしまい(すみません。)あまり好みではないのですが、若干20歳の彼の信念、忍耐強さには尊敬の念をいだきます。

今年は、2年振り5度目の総合優勝を果たした青学大でしたが、駅伝の流れをぐっと引き寄せたのが往路4区でした。4年生の吉田祐也選手が衝撃の箱根デビュー。区間新記録となる1時間00分30秒の走りで首位に返り咲き、後続との差を一気に広げることになりました。昨年、東洋大のエース相澤選手(今年は2区で区間新)が更新した区間記録をさらに24秒上回り、この区間2位の名取選手(東海大)に1分7秒もの大差をつけました。

彼は、2年時と3年時には箱根駅伝のエントリーメンバーには入っていたものの、11番目の選手で箱根路を走ることはかないませんでした。青学に入って陸上部で箱根に出る。それは大きな目標であると思います。そうした思いがかなわない中でも着実に練習をこなして4年時には箱根にレギュラーとして出て大記録を残す。簡単なことではなく、裏では大きな努力があったはずです。

初マラソンの記録は2時間8分台。これは、箱根駅伝で山の神と言われた神野大地選手の記録を大きく上回ってさえいます。神野選手は華々しい学生駅伝の記録を持っていますが、自己ベストは2時間10分。先日の東京マラソンでは2時間8分を目指しましたが、結果は目標に到達できず2時間12分でのゴールとなりました。(もちろん、これもとてつもない記録ではありますが。)

みなさんも色んなスポーツを好まれていると思います。もちろん、本番での華々しい結果は素晴らしいものがあるのですが、それに隠れた努力だったり挫折の乗り越え方だったり、人生生きていくためのヒントが隠されていると思います。

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