サラリーマンうつ病体験談:立ち直るきっかけ 2015年7月-2016年3月

うつ病体験談

うつ病から立ち直るきっかけ

サラリーマンとしてのうつ病体験をつづっています。今回はその第13弾です。

前回ブログで、劇鬱症状が再発したことに触れました。

ただし、この時期が最後の底で、これ以降はうつ病から立ち直るきっかけが起こり、完全回復に向けて人生が好転し始めました。今まで長い時間うつ病で苦労していましたが、徐々に寛解の状態を模索しながらも、この「きっかけ」で一瞬にして人生の風景が変わり始めます。

うつにより、脳内のセロトニン回路の伝達が悪かったのが 、「幸せ」や「自信の獲得」を十分に感じられる体験を通じて一気にセロトニンの放出が高まり、良くなったのだと思います。詰まっていたものが流れが良くなったような感覚です。

今回、どういう立ち直る「きっかけ」が私に起こったのか、振り返っていきます。

ちなみに、私はうつ病(もしくは似た症状)で過去3度苦しんだ経験があるのですが、この3度ともに「きっかけ」をもとに過去の心理的なトラウマを払拭できる記憶の上書きがあることで治ってきました。

立ち直るきっかけ① 仕事の配置換えの効果

劇鬱状態で休暇をとりましたが、2週間を予定していた休暇が明けて、会社に復帰しました。(今思うとあまりに休暇期間が短くて、ぞっとします。)

前の仕事ではメンバーとの相性が良くなかったので、また仕事の配置換えを調整しました。次の仕事は国内の食品系クライアントでした。地域のニーズをもっと汲み、地場に即した商品開発を行うため会社を東西に分割する、という方針が折よく出されていました。このため、このクライアントが構築してきた基幹業務・システムも会社方針にあわせて東西で分割する、という少し大きい仕事が出ていました。私はその案件のリード役ということでアサインがされました。

アサイン当初はそれほど忙しい状況でもなく、またメンバーにも恵まれました。非常に温和で人当たりのよい方々だったので、ストレスもなく仕事ができていました。

メンバーのお子さんが少し障害のある方だったのですね。なので、体調に問題がある場合のケアなどすごく親身にしてもらいました。自分の部下ではあったのですが、心理的に非常に楽になりました。それまで新しい部署に配属となって、心の奥底まで広げて話せるような人がいませんでしたから。仕事しながらも何気ない日常の会話ができるようになり、居心地が良くなりました。毎日の夕飯を作るのは私の仕事だったので、今日は何を作ろうか、イワシの美味しい時期だからお魚にしようか、などたわいもない話をしていました。

また、仕事内容も得意なものが割り当てられていました。前回の仕事では、役割が下がってメンバーとしてシステムの調査やクライアントへの回答、保守作業をするようなものだったのですが、メンバーとして仕事をするにはブランクがあったので、そういう仕事でのパフォーマンスがイマイチだったのです。が、この仕事では配下に5,6人(MAXで20人くらい)人をつけるような形でメンバーのコントロール、進捗管理がメインでした。得意領域だったので、それがよかったのだと思います。

勤務制限をこのころはつけていたので、定時勤務です。毎日定時退社し、規則正しい生活を送る。 仕事が落ち着いたことで、寛解の状態を取り戻せることができ、比較的安定した日々を過ごせるまでになりました。

私の会社では、実際の仕事の上司とは別にキャリアカウンセラー(メンターのようなものです)が個々人につきます。少し前に私のこの苦しさを説明したところ、非常に親身になって応援もしてくれていました。(ただ、理解をしてもらう前は、「はってでも仕事に出てこよう」というタイプでした。きちんと説明したことで私のことをわかって応援してくれました。)仕事でパフォーマンスが出ずに降格をずっと言われていたのが大きな心理的ストレスだったのですが、陰から調整もしてくれていたのだと思います。

いろいろな人の助けがあって、また良いところまで持ち直すことできてきました。今思うと感謝の気持ちしかありません。何度となく仕事でトライアンドエラーを繰り返して、寛解状態として継続的に体調をキープすることを模索してきました。いっきに治る前のベースとして非常に良い環境を作ることがここでできていました。

立ち直るきっかけ② 子供の誕生

この記事での生活での2年前に、当時2歳7か月となる子供の死別がありました。子供が亡くなるということはあまりにショックで悲しい出来事であり、その当時悪くなっていた体調が一気にくずれました。その後、時間の経過とともに心の落ち着きを取り戻すことができてからは、やっぱり子供がほしいと妻とも話せるようになって、妊活にも励んでいたのですが、中々子供を授からない日々を過ごしていました。 不妊治療にいったり、漢方を試してみたりとありとあらゆることをしても結果につながりません。 夫婦ともに高齢出産を突き付けられる年齢になっていたのも要因かもしれませんが、毎月、「今月もダメだったね」と妻と話すのが段々と苦痛になっていました。

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上記で触れた仕事の配置換えと前後するのですが、妻の妊娠がちょうとわかっていた時期で、この精神的な安らぎが仕事の安定にもつながっていたと思います。

子供の誕生というのが、この死別のショックが和らぐ一大イベントでした。子供の死別があってから後、妻が妊娠するのがこれで2回目でした。1回目は流産でしたが、2回目は順調に育ってくれました。検診には妻と一緒に行ってその成長を見る、というのが心の栄養となりました。検診には必ず付き添い、毎回検診に行くたびにエコーで見れる赤ちゃんの成長がとてもうれしく思えました。 エコー越しに手足を元気に動かしている姿を見ると、無事に産まれてほしい気持ちが高まります。

そして、子供の誕生。

産まれたての写真です

帝王切開でしたが、出産に立ち会いました。命が産まれる瞬間は感動して、子供の泣き声を聞き、初めて子供に触れることができたとき、妻とともに自然と涙がでてきました。妻も子供の死別を一緒に味わってきたので、同じ思いを共有できたことはすごく貴重なことでした。

帝王切開で妻が1週間の入院期間があったので、毎日仕事が終わったらすぐにお見舞いに行って、赤ちゃんの顔を見て、抱っこしました。柔らかく、小さく、がんばって泣く赤ちゃん。なんて幸せなんだろう、そういう気持ちです。

私の心は晴れやかになりました。今まで鬱々としていた気分が晴れて、体調もほとんど問題のないところまで一気に回復したのです。

これまで何度となく体調を崩してきて、その回復のために試行錯誤してきました。が、不思議なことにこの一点により体調が劇的に良くなります。自分の体調を崩すきっかけとなったこと、その心理的ストレスを感じる出来事を上回る出来事があり、過去の嫌な記憶がすべて上書きされました。

また、うつ病となる理由は、扁桃体の興奮や、扁桃体を経て形成された長期記憶の固定化も一因と考えられています。これを整理した記事がこちらです。嫌な記憶を上書きするこの出来事がこの長期記憶を一変したものだと思います。

不思議なくらい、ぱっと心が晴れやかになりました。

体調面としてもまったく問題がなくなり、寝起きなど非常に快適になりました。これまでずっと頼っていた睡眠薬などはもちろん不要です。

心理一体という言葉もありますが、 メンタルはフィジカルを凌駕していると思います。人間の深層心理は体の安定を司どっています。そう感じられる不思議な体験をしました。医学的には幸せを感じるセロトニンの放出が一気に高まって、今までセロトニンの伝達がよくなかったのが、改善されたのではないか、と考えられます。詰まっていた流れが一気に押し出されたような感覚です。加えて、長期に固定化されていた深層の記憶が解消されたのだと思います。

産まれた赤ちゃんは長女と同じ11月産まれ。毎年11月は長女の誕生日で思い出すことが多かったのですが、この年は妹ができたんだよ、ということを長女に報告することができました。

その後は、お宮参りや、赤ちゃんとの新生活、家族そろってのお正月など、幸せを感じられる家族のイベントが目白押しでした。

立ち直るきっかけ③ 評価の獲得、再起への自信

立ち直るきっかけの最後は、仕事の評価です。
体調を崩してからパフォーマンスが出ずに幾度となく最低ランクのC評価が続いていました。 連続してC評価が続いていたので、人事から管理職のランクから降格をちらつかせられていて、評価におびえていた自分がいました。このことを非常に心理的にストレスに感じていて、長く体調が回復できない理由はこれにありました。それに、管理職としてC評価がついてしまうと、業績評価のボーナス額が本当に「ゼロ」になるのです。賞与明細を見るたびに、心が萎えていましたし、この会社でやっていく自信がもてなくなってしまいます。これも長期記憶の固定化によるものだと思われます。

子供が生まれ、体調が回復してからはパフォーマンスが安定し始め、仕事は順調に進むようになりました。

結果、この仕事を通じての評価がB(L,A,B,Cのうち)でした。通年のうち上半期については実は棚ボタ的なところもあって、同じランクの中で仕事で失敗した方がいて、その方が責任を取る形でCでした。それでもCじゃなかったというのは大きな救いです。下半期については、品質上のトラブルがあって要員をたくさん投入した結果で採算が悪化するなどマイナスポイントもありましたが、ひとつ仕事をやりきったということでB評価でした。

決して良い評価ではなかったのですが、管理職としてプロジェクト業務を一つやりきったことで、このランクとしては妥当な評価、というところまでもってこれました。これまで管理職から降格の危機に瀕していたのですが、これで脱却することなりました。評価に怯えて仕事をしていたのも、これでおしまい。

これをもって、私はうつ病にさようなら、を言えるようになりました。

過去のトラウマとなっていた出来事を払拭することが起こり、一気に体調は元に戻りました。

続き

サラリーマンうつ病体験談:うつ病からの完全復活
長らく苦しんでいたうつ病。寛解状態の獲得、維持を模索しながら闘病生活を続けていました。そんな中完全に回復する出来事が起こり、一気に体調が良くなりました。うつ病も一つの人生経験。乗り越えることで一回り大きくなりました。

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