サラリーマンうつ病体験談:うつからの復職 長期にわたる復調の難しさとは 2014年4月-2015年5月

うつ病体験談

サラリーマンとしてのうつ病体験をつづっています。今回はその第11弾です。

仕事をやめずに1年間頑張りましたが、仕事が体調とあわない、その苦しみを味わいました。(前回ブログ記事)

上司、カウンセラーが変わりました。はじめは、這ってでも会社に出てこい。ショックでした。病気だということを説明して、ようやく理解を得られました。

次の1年間も何ができるのか、というのを模索しながら体調の回復に努めました。うつには「寛解」というのがありますが、この定義でいけば、ある意味「治った」状態でした。

が、完全には治っていない。自分のありたい姿からするとギャップがあり、評価が戻らずプライドもある。生活水準も戻らない。これが長期に渡ることが苦しみの一つだと思います。夢と現実とのギャップ、妥協ということを自分の中で受け入れられるか。そういう日々をつづりました。

安定した仕事での寛解

前年度はアップダウンのある仕事でしたが、復帰途上では非常に健康の維持が難しかったです。これを踏まえて、次の仕事をアサインしていただきました。

会社では多くの提案、プロジェクトの運営が行われています。そのリスクや品質を管理する部署があり、ここに半年の期間でアサインとなりました。勤務制約をつけて仕事は定時まで。社内組織なので、外部のクライアントと接する機会もなし。社内業務なのでアップダウンがなく、定例的な業務を淡々とこなしていきます。人間関係も非常に良好で、体調に不安のあった自分を周りの人が気遣ってくれており、ストレスもなく働ける環境でした。仕事としてもコンサルティングの方法論を一から学びなおす機会もあり、自分のキャリアにプラスになる面も多かったです。

規則正しい生活も送ることができたので、体調面はすこぶる良好でした。安定剤は服薬していましたが、頭痛や不眠といったこともなく、会社は休まずに行けていました。これが「寛解」かといえば、完全に当てはまる状態です。趣味のランニングにも打ち込めていました。非常に安定していた時期です。

そして評価時期。私はもうすでに評価がトラウマになりかけていました。何度も一番下のC評価が続き、ボーナスはゼロ。管理職からの降格の危機にずっと瀕していました。

上司からは仕事を半期やり切ったということでB(真ん中ですね)をいただくことができました。が、業務単位での評価を所属セクターの相対にかけられると、Cランクでの評価となりました(業務単位>セクターでの2段階での相対評価が会社の制度になっています)。社内業務で稼ぎがない部署での仕事ですので、外で稼いでいる人間を優先した、というセクター評価会議での結果です。

いくらがんばっても評価されない。ジレンマが続きます。やるせない気持ちの持っていき場所がありません。C評価となると、ボーナスもゼロです。金銭的に生活が苦しい状況とまではいきませんでしたが、ボーナスの査定を見てしまうと悲しくなってしまいます。私は会社に何も貢献していないのか、と。これまで自分の下だったメンバーも続々と昇進をしていきます。同時期に管理職に上がったメンバーは次のステージにあがっていきます。私は指をくわえて、それを見つめるだけしかできません。仕事で評価がされないということは長期でこういう苦しみを味わいます。この自分を受け入れなければならないのですが、夢をあきらめるような形で、簡単に自分の心を落ち着かせることはできませんでした。

病気への理解

社内には実プロジェクトの上司とは別に長期にわたってキャリア形成を支援する枠組みがあります。カウンセラー(メンターのようなものですね)が個々人に割り当たります。ちょうど前年度でこれまでお世話になったカウンセラーがアメリカ駐在となったので、カウンセラーが変わりました。長年の信頼関係を築けていた人間が変わることになります。

後々、この新カウンセラーとも良好な関係を築けて私のことを守ってくれたのですが、当初はこの病状に理解がありませんでした。

  • 体調に問題があっても這ってでも出てきてほしい
  • 評価ということについて、自身がどういう理解をしているのか、会社はどう思っているのかわかってほしい

今思うと、ぞっとするようなことを初めに言われ、ショックを受けました。役員でこれまでバリバリの経歴がある方です。身体を壊したことなんてきっとなかったのでしょう。病気の理解が欠如すると、容易にこのような対応になってしまう、ということがよくわかる一例でした。この時は言い返すことができず、はい、わかりました、と答えていました。役員ですからね、、たてつけません。

度重なる仕事での挫折

体調も安定し始めたため、短期間で終わるクライアント先のプロジェクトに次はアサインとなりました。ちょうど2か月間。調子を見るにはよいアサインでした。

業務としては、SAPのハイレベルでのフィットギャップ分析。4人チームでのメンバーとして入りました。得意分野でした。

が、クライアント先で仕事をしてみるとこれまでの体調が一変します。2日目のことでしたが、客先の前でSAPの概要について説明する機会がありました。それ自体は一通り終わったのですが、会議が終わると神経の興奮がまったく収まりません。心臓のどきどきが止まりません。家に帰って一晩休んでもやっぱりダメです。これしきのことで、一気に一番体調が悪かったようなところまで戻ってしまいました。残念なことに、体調を戻すのに長い時間をかけてきても、崩れてしまうのは一瞬です。

そのことを上司に話しました。話しているうちに、自分の身体がもう壊れてしまった、かつてのように働くことができなくなった、そういう思いがどんどん強くなってしまいました。私は上司と話しながら涙を流しました。涙を止めることができませんでした。仕事で泣いたのは後にも先にもこの一回だけです。一向に完全に回復することがなく、この先どういう人生になるのか希望がまったく持てませんでした。社会人として絶望感に襲われました。私は仕事を通じて自己成長を図りたい、人生経験を積みたい、という人間観をずっと持っています。それが打ち砕かれてしまうようなことなので、仕事というものの意味を見出せなくなりました。

その後、カウンセラーと上司で話すことにしたのですが、改めて自分はまったく怠けているわけはない、病気でどうしようもなく困っている、ということを話しました。それをカウンセラー、上司に理解していただきました。

業務調整をして、仕事としては、クライアントの前に出ることはなく、調査分析作業を黙々とこなしました。2か月でしたからあっという間に終了しました。クライアントの前に出て話す、ということさえなければその後は体調を崩すようなこともありません。1日も休暇を取ることなく務めることができました。這ってでも出てこい、と言われていましたらから、それをきちんと守り切りました。ウィルス性の胃腸炎にかかったことがありましたが、フィジカル的にいくら体調が悪くても、歯を食いしばって出社していまいした。

そして、評価です。

Cでした。私の心が晴れることはありません。

自分のレベルを下げ、プライドを押し込み、やれる範囲で仕事はできる。生活もできる。そういう意味では治ってる。が、心の奥底では治っていない。それがこの病気の一番難しいところだと思います。

続き

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