サラリーマンうつ病体験談:復職も七転び八起き 2013年9月-2014年3月

うつ病体験談

サラリーマンとしてのうつ病体験をつづっています。今回はその第10弾です。

前回のブログでは子供の死別があり、どん底の時期でした。

時間の経過とともに悲しみも癒え、体調が少し回復してきましたが、元通りのように仕事をこなすことができない、長期の苦しみの入り口に差し掛かります。少し無理をしてしまって、文字通り倒れてしまって救急車で運ばれる、ということも味わいました。

仕事への慣れ、しかし離脱

子供の死別の苦しみが薄らいでくると、徐々に日常の生活ができるようになり、体調も安定し始めました。私の体調としては、気温が高くなる時期はダメになるのですが、低くなる時期だと上向きする傾向があるので、時期的にもよかったのかもしれません。

仕事にも慣れ始め、提案活動でいくつかのクライアントを訪問しました。その中で消費財製造メーカーのクライアントからモバイルを使った業務管理、販促強化のための提案の機会を得ることができました。体調も安定してきた時期でしたので、提案リーダーとして担当することになります。

事前にクライアントとは関係が築けていたので、提案の方向性など準備をしていましたが、正式に提案依頼ということで、私の会社以外にも複数の会社へオファーがきました。提案書を出すまでの納期が2週間という非常にタイトな期間。提案をやりきって評価を勝ち取りたい、そういう気持ちもあってモチベーション高く臨みます。結果的にこの焦りがよくありませんでした。

コンサルティングの提案は多岐にわたります。

・提案内容、ストーリー作成
・採算シミュレーション、提案金額の決定
・プロジェクト実施体制の社内調整
・提案書作成、プレゼン準備  などなど

納期間際となると、それこそ昼夜問わずに仕事となります。 体調は上向き状態であったものの、復帰途上にあった私にはやはりこの負荷には耐えきれませんでした。徐々に疲労の蓄積から会社を抜けることが出てきてしまいます。頭痛がどんどん重くなってきて、朝から出社する、というこが如実にできなくなってきました。1週間たったところで、これ以上の負荷に耐え切れない、ということを上司に相談しました。

そんな中休日にジョギングをして、少しペースを上げて走った後のことです。気持ちが悪くなって、気を失ってしまい、ふらっとその場で倒れてしまいました。倒れ方もわるかったのでしょうか、頭から血を流してました。道端で寝ころんでいたところを警察の方が助けてくれて、救急車を呼んでもらいました。 恥ずかしながら失禁もしていました。病院に運ばれ、脳波の検査をしましたが、異常はなし。頭を数針縫いました。原因は特にわかりませんでしたが、たまたま警察の方が通り過ぎで助けてもらいましたが、状況によっては危なかったと思います。
残念ながら、仕事の方はもう私抜きの状態となってしまい、というか仕事は丸投げの状態となりました。結果的に代わりに身を挺してくれた上司、それにメンバーのがんばりによりこの提案は勝ち取ることができました。提案当初は提案を勝ち取れれば、私もデリバリーでのリード役でプロジェクトに入る想定ではありましたが、当然この体制にも入れません。この提案は1年後、全社での先進的な取り組みとして表彰される案件でした。

仕事もやりきれない。疲労も蓄積する。徒労感だけが残ります。

一度崩れてしまった自律神経バランスはすぐに回復するようなことはありません。ここから2か月ほどは低空飛行を続けていました。通院することも多くなり、自分の中で負け癖もついてしまいました。ほかの仕事でも途中で投げてしまい、完遂することができない、そういう状況が続いていました。少し体調が悪くなると、クライアントとの打ち合わせがあっても休暇を取ろうとしてしまう、そういう精神状態です。

再チャンス、しかし掴めず

体調もすぐれませんが、仕事はやらないといけない。

ここでもう一つ次の提案機会を得ることができました。

モバイル端末を使った在庫管理の仕組みの構築です。またもや短期間の仕事でしたが、先進的な取り組みではなく、旧来からある内容で難易度も高くありませんでした。新しいメンバーともうまく人間関係が構築でき、提案書を作り切り、仕事を勝ち取ることができました。体調もすぐれない中でぎりぎりのところでやり切りました。このモチベーションの源泉になっていたのは「評価」です。仕事を取る、ということが評価につながります。数回、最低ランクとなるC評価を受けていたので、これ以上連続すると降格の危機となることから頑張らざるを得ない、という状況でした。

この提案を勝ち取ることはできたものの、体調を崩してまたもや休暇を取るようなことになりました。最終的なクライアントのフォローなどはやりきれなかった部分がありました。体調がゆる限り頑張ったのではありますが、管理職としての業務内容が上司から見ると不満足であったことで、またこの評価期間としてもC評価を受けてしまう、という結果でした。

一年間、この部署でがんばりましたが、提案を行う=仕事としてアップダウンがある(極度に忙しい時期がある)ため、どうしても仕事内容が自分の体調と折り合うことができませんでした。翌年度は波が少ない業務で自分でやれることを探すことになりました。

ただ、一年間はやり通すことができた。年度の初めはまったく体調がすぐれずに業務が実施できるような状況ではなかった、子供の死別の悲しみも和らいだ、ということで自分を褒めました。

続き

サラリーマンうつ病体験談:うつからの復職 長期にわたる復調の難しさとは 2014年4月-2015年5月
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