サラリーマンうつ病体験談:仕事の再起と挫折の繰り返しの日々

うつ病体験談

サラリーマンとしてのうつ病体験をつづっています。今回はその第8弾です。

前回ブログで復職後に仕事の軌道を乗せることができない日々をつづりました。転職、訴訟を考えてもうまく行かない。精神的には追い込まれていました。

そして、仕事に再起してまた取り組む日々です。体調が中々回復せず、今度は度重なる不幸で子供の死別もあり一番苦しい時期をすごしていました。

仕事の再起

転職する決意をするとともに会社に対しては辞めるとは口頭では伝えていたのですが、このころは書類を出してけじめをつける、ということすら満足にできていませんでした。退職書類を作成して事業部長のところまでもっていかないといけないのですが、それにビビっていて提出ができていませんでした。結果的に転職しなかったことがよかったので、ある意味ビビッて出さなくてよかったものです。

このころは何事も上手くいかなくて人生が行き詰っていました。ただ、小さい子供もいますし、生活基盤も必要ですから会社をやめず、続けていきたいという意思を伝えました。

退職の意思を伝えていた時期は完全孤立、社内ニートの状態でしたが、続ける意思を伝えたことで会社も暖かく接してもらい、新しい業務を割り当てていただきました。会社の中にようやく居場所ができました。

会社のメイン事業である基幹システムの構築という仕事で私が体調を崩したことを会社側も配慮してくれて、今までとは目先の違う業務を割り当てていただきました。当時スマフォを使っての業務改革が始まっていたころで、このモバイル端末などを使った新規サービス立ち上げ、ソリューション提供という、社内でも始まったばかりの取り組みの組織での仕事です。業務が大きく変わりました。今までの仕事と違うので、違った脳ミソが必要です。

体調と仕事の折り合い

業務に戻ったは良いものの、やっぱりきちんと仕事をするという活動をすると心身ともにクタクタになる、というような体調の具合でした。復職して5か月ほどたっても体調は戻っていません。

ただ、仕事をしているからにはチームに貢献したい。何か問題があれば助けてあげたい。そいういう気持ちから体調というより仕事を優先してしまうケースがありました。が、過去元気だった時のイメージがあり、たったの2時間残業してしまうだけで、1日では回復できないような疲労が蓄積してしまいます。交感神経の高まりが抑えきらずに心臓がドキドキ。家に帰ってもしずまりません。翌日には体調不良で午前休、という日々でした。

また、この仕事は社内業務ということもあって、家庭の制約や私のように体調を崩して復活途上にあるメンバーが数人いました。コンサルティングファームの場合、戦力となる多くの社員はクライアント先で仕事をすることがとても多く、対して社内業務はどことなく優しい仕事で、メンバーの質も劣ることが多いです。この社内業務に就くということは良くも悪くも私に影響を与えました。

良いこととしては、制約をきちんと受け入れてくれること。定時勤務という制約がある中でやれる範囲でやる、ということを認めてくれること。

悪いこととしては、同じ境遇のメンバー同士での甘えが出てしまうこと。体調が悪いから休む、クリニックに行くから時間休を取る。 この頃ははっきり言って勤怠はグタグタで、体調が悪かったらすぐに午前休という日々で、管理職としてはあるまじき状況でした。 体調が良くないということを盾にして、何か当たり前の権利のように振舞ってしまっていました。さらにこういうことは癖づいてしまいますから、その後も尾を引いてしまいます。成功体験がないから時間がたてばたつほどに負け犬根性が染みついてしまう。

また、「仕事」が与えられるわけですから、当然結果を出さないと評価されません。このことが、ここから数年間私のことを悩ませることになります。この業務で結果を出す、それは提案活動をして新しい仕事を取ってくる、というある意味わかりやすいものを求められました。

ここに子供の死別のショックも加わりました。短期的に一番苦しい時期でした。

続き

サラリーマンうつ病体験談:うつの深刻化 子供の死別によるショック 2013年7月
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